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WATANKO

Author:WATANKO
2008年からインデックスファンドによる資産運用を始めた個人投資家です。またサラリーマンの傍らで家業ともいうべき不動産賃貸業も営んでいます。趣味は自動車にまつわる諸々。ご連絡はwatanko1967@gmail.comまで。

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最後のキャリアをはじめて1年が経ちましたー好きにやらせてもらいます

2019/07/01 05:41:00 | ライフスタイル | コメント:4件

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(仲間にアドバイスするWATANKOのイメージかもしれません)


WATANKO50代になって以降、心身を労わりながら最長ケースなら定年まであと10年、出世など気にせず(気にしても今更遅いですが)マイペースで仕事をやっていきたいと思っていました。


 


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ところが1年前、突然の異動によりかつて30歳前後で出向していた経験のある子会社C社に再び出向することになりました。最初の出向から戻って16年。その間に培った経験を全て注ぎ込んでC社を立て直すのがWATANKOのミッションです


 


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■紆余曲折ありのキャリア


 


WATANKOのサラリーマン人生は決して順風満帆ではなく、社内で王道のキャリアを踏んだわけではありませんでした。むしろ傍流もいいところであり、紆余曲折のキャリアでありました。


 


▼入社して最初に配属された部署は希望とは全く異なる部署、そこで我慢がならず3年目になって人事部長に異動希望の手紙を直接送りつけ、部署の上にはかなり睨まれつつも異動を実現させました。


なお振り返ってみればこの最初の所属部署での経験はのちのキャリアで大いに役立つ面があり、感謝の気持ちも後年湧いてきたので、20年後に再び配属された時には自分なりに恩返しをしています。


 


▼念願叶って異動した次の部署では頑張るも、勤務先が業績不振に陥り、WATANKOはリストラにあって前述のC社に出向。この時の出向元の部署に対しては自分を戦力外扱いしたことに憤りを感じていたため、出向が解けた時にはこの部署には二度と戻るまいと固く決意しました。


でも今では当時の上の人達は皆いなくなり、わだかまりは消えています。


 


▼出向からなんとか復帰したあと、とある専門部門の関連部署を3か所、そして海外の子会社への出向も経験し、国内外の子会社の清算や合併にかかわってきたほか勤務先で4年ごとに行われる大イベントについても2回ほど取りまとめ役をこなしました。


この16年間、とりわけ2013年からの5年間は平日の長時間残業と休日の出勤が多くて本当にきつかったです。一時期は鬱になりかけたことさえありました。


 


こうして自分から脱藩したり、会社から三下り半を突き付けられたり、なぜか知らないうちにあれやこれやのタスクに組み込まれたりの会社人生。


27年間で主要な異動だけで9回(うち出向3回)を数えます。平均して3年に1回の異動。会社によっては使えない人材をたらいまわしにしている、あるいは欠員ができた部署に傍流の要員をパッチあてのようにはめ込んでいるかのように見えますね。ハハハハ。


 


■同じ戦場なら有利に戦えるところを選んだ


 


振り返ってみればWATANKOが自分の仕事に対して真剣に向き合いはじめたのは結婚して子ども生まれる一方、C社に出向する羽目になった30歳の頃からです。なんていーちゃらポンなことでしょうか。


キャリアの足しにでもなればと思い中小企業診断士の資格を取りつつも、今の職場でこのまま働き続けるか、思い切って転職するか迷っていた時代。様々な機会を通じて色々な社外の人達と出会ったのもこの頃でした。それはよくある異業種交流会などといった薄っぺらい場ではなく、同じタスクのもとに集い、今後のキャリアを真剣に考えている集団ばかりでした。


 


こうして迷いの時期を経た結果、WATANKOが行き着いた答えは「ビジネスマンである以上、働く場所をいくら変えたとしても、それはどこであっても他社との競争、社内での競争はなくならず戦場であることにかわりはない。ならばこれまでの経験を活かして少しでも有利にゲームを進めることができる今の職場でいきつくところまでやってみるか。」でした。


 


ただし一方で、今の働いている会社が今後も栄えるのか廃れるのかは個人の予測の及ぶ範囲ではありません。かといって転職した先が必ず安泰かという保証もありません。


ですからどこで働こうとも給与所得だけに依存する家計からの脱却を図っておくことが重要です。なにせ勤務先の業績不振時は給与・賞与のカットで家計は大変な目に遭いましたから。


 


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ちなみにこの頃から将来の家計維持にかかわるプランBとして、年老いた父に代わって実家の不動産賃貸業を徐々に継承することを考え始めたわけであります。


 


■最後くらいは好きにやらせてもらいます


 


勤務先は業績不振時のリストラの結果、多くの社員が去っていきました。やがて業績が回復すると今度は慢性的な人手不足が起きました。そんな背景もあってかWATANKOはそれなりに重宝がられ、色々な経験を積んできました。


 


最後のキャリアになるかもしれないこのC社では、WATANKOはこれまでの経験を活かして最後くらいは好きに仕事をさせてもらうつもりです。自分の流儀に合わないことは極力やりません。


勿論ながら長年サラリーマンをやってきた経験から社内、組織の中で自分の我の通し方くらいは学んでいるので、無鉄砲で勝算のない仕事の進め方はなるべく選びません。自分の狙いを着実に実現させてこその仕事です。


 


そのためにはC社の仲間達から共感と協力を得ることが欠かせません。仲間達にはいろいろな仕事のレイヤーでできるだけのアドバイスをしていきます。


WATANKOはここでは「死んだふり」も「出し惜しみ」もしません。ここではそんなことをやっている残り時間はありません。


 


今日からC社での仕事の2年目が始まります。いってまいります。



end

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コメント

No title

2019/07/01(月) 08:42:41 | URL | mushoku2006 #79D/WHSg

オフィスワーカーとしてのキャリアをあっさりと投げだしてしまった私には、

何も言えるようなことはありませんが、

貴殿のご活躍、奮闘をお祈りしております。

く( ̄Д ̄)ノ ガンバレーーー[E:#x266A]


No title

2019/07/01(月) 10:06:31 | URL | たんちん #79D/WHSg

かっこいい、わたしには到底できません。

会社の収入以外で生きるすべはなによりの援軍です。

ここまで来たらさらに上を、ここからは運あるのみです。


No title

2019/07/01(月) 23:12:44 | URL | WATANKO #79D/WHSg

mushoku2006さん



コメントありがとうございます。



あくまで私の”好きなように”頑張ります。



自分で価値がないと判断した仕事はもうやりません。


No title

2019/07/01(月) 23:18:09 | URL | WATANKO #79D/WHSg

たんちんさん



これからは仕事を好きな風に、好きな時期までやっていくことができるようになったのも、サラリーマンの外で不動産賃貸業に苦労したり、忍耐強くインデックス投資を続けてきたことが背景にあります。



さらに上のポジションは苦労対効果がわりにあいません(笑)


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