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WATANKO

Author:WATANKO
2008年からインデックスファンドによる資産運用を始めた個人投資家です。またサラリーマンの傍らで家業ともいうべき不動産賃貸業も営んでいます。趣味は自動車にまつわる諸々。ご連絡はwatanko1967@gmail.comまで。

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WATANKO、最後の不動産取引①-半世紀も馴染みある土地を手放す

2020/08/13 21:54:00 | 不動産投資 | コメント:1件

8月12日終値ベース運用状況速報】

■投資元本(待機資金含む)

150,000千円

■評価損益(分配金・確定損益・税還付込み)

81,094千円

■損益率

54.1
2020年2月14日比評価損益増減

 ▲3,671千円



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(遠き子どもの日々に遊んだあの土地を手放す日がくるなんて)


このブログでも何度も書いてきていますが、WATANKOは首都圏の企業に勤めるサラリーマンをやる傍らで、亡き父母から継いだ半ば家業ともいえる不動産賃貸業を営んでいます。

 

父が認知症を発症する少し前の2001年頃から手掛け始めてもう20年になります。この間色々な出来事がありました。このブログの記事としても沢山取り上げてきたものです。

 

WATANKOが行ってきた不動産の投資と賃貸は、父が手掛けて拡大してきた物件群のリストラクチャリングを主としていました。

 

父から受け継いだ物件のうち、いくつかは賃貸先や契約条件上、不良な物件でありました。それらに対しては賃貸先を変更したり、賃貸自体をやめてしまって建屋を取り壊してしまったものがあります。

 

いまではアパート1棟を除いてあとはすべて土地だけの賃貸へと切り替ています。おかげで不動産賃貸のリスクを格段に減らしてきました。アパートで時折起きる入居者のトラブルを除けば、ここ3年間は不動産賃貸のトラブルは一切起きておらずいたって平和です。

 

その一方で建屋を壊して遊休地とした2か所の物件について再活用を模索してきました。しかしながら適当な賃貸先が4~5年経っても見つかりません。

 

それでは自己資金で住居用建物を建てて賃貸に供するかというと、借入金の負担の発生と住居用物件を沢山保有することによる収益リスクの増大を考える有望な選択肢にはなりませんでした。

 

そこで3年前の2017年の夏にとうとう1つの遊休地については売却してしまいました。この土地を売却して得た資金でもってVTIを一括購入しています。つまり収入源を「不動産を貸して得る賃料」に代えて「ファンドから得るインカムゲイン」に切り替えたわけです。


関連記事


“バスの食堂”があった土地を売る日が来た(2017/5/13)

 

さて今回から数回に渡ってブログ記事としてUPする内容は、残るもう1件の売却のエピソードです。

 

■馴染み深い遊休地

 

前年に遊休地の売却を首尾よく完了させたWATANKOは、最後に残った遊休地についても売却の意思を固めていましたが、そこにいたるまでに逡巡があったことは否めませんでした。

 

その遊休地には自宅から300mほど離れたところにあり、亡き父が1970年頃に7軒の戸建て住居を建てて賃貸に供していた土地でした。

 

●田畑の一部を埋めて戸建てを作るにあたっては、当時保育園児であったWATANKOは造成を手伝わんと自宅からおもちゃのダンプカーに砂を入れて運んでいた話を、当時近所に住んでいた叔母からよく聞きました。

 

●小学生の頃は戸建ての敷地内にあった空き地スペースで従兄弟や友達とよく遊んだものです。

 

●遊休地の奥の半分は田圃が残っており、大学生になった頃は稲刈り時期には父の農作業を手伝ったこともありました。

 

●父はいくつかの田圃を所有していましたが、年齢とともに徐々に稲作を縮小してきました。その中にあってここは亡き父が最後まで稲作を行っていたところでした。この田圃を最後に父は60年以上続けてきた米作りを完全引退しました。

 

このようにWATANKOにとってこの遊休地は自宅土地の次に亡き家族との想い出があるとても馴染み深い場所でした。

 

 

■管理に苦労した想い出

 

この戸建ては1990年頃になって2軒を取り壊して以降は5軒が残った状態でWATANKOが父の逝去後に引き継ぎました。この時点で既に築30年をすぎており、ここの戸建て物件の賃貸業は色々なことが起きました。

 

だいだい戸建ての賃貸者のプロファイルからして5軒のうち、まともな人はひとりだけ。他4人は次のとおりです。

 

▼家賃滞納の常習犯の女性!

▼高齢の女性とその引きこもり息子(紋々あり)!!

▼無職夫+暴力妻のデキ婚夫婦!!!

▼部屋がゴミ・虫・糞にまみれつつ生活保護をうける高齢の女性!!!!

 

WATANKOは物件があまりに古くで傷みすぎており、かつ賃貸者も上記のとおりなかなかに怪しい人達でしたので、賃貸者との賃貸契約の解約と賃貸の終了を徐々に進めてきました。

 

上記のうち3軒については退去いただいたエピソードにつき以下のとおり綴っております。

 

関連記事

 

店子の退去-①家賃未払い発生(2010/8/10)


店子の退去 第2章 母親編①(2012/12/12)


店子の退去 最終章①(2011/5/14)


さらに彼らが退去後のエピソードは次のとおりです。

 

関連記事


解体撤去の日に思うこと(2012/11/29)


地中に眠るもの(2013/12/3)


そこの中学生よ、うちの空き地に自転車を捨てていくんじゃあああない(2016/8/5)


■大事な資産の継がせ方

 

これまで述べてきたようにこの遊休地はWATANKOにとって思い入れが深く、できることなら誰かに賃貸して収益を得つつ手元に残しておき、子ども達に承継してもらおうと当初は考えていました。

 

しかし遊休地は前述の売却した他の遊休地と同様に事業用地としての活用は難しく、事業者の借り手はなかなか現れませんでした。そこでとうとう将来にわたって事業者の借り手をひたすら待ってみても、現れるとは考えにくいという結論に達しました。

 

次に自己資金で住居を建てて賃貸に供するアイデアについては、需要云々以前に子どもたちの代にまでアパート経営に巻き込んでしまうことを安易に選べないため凍結しました。


現在、WATANKOはアパートを1棟所有していますが、かかる手間やトラブル対応、借り入れリスク等に対して得られるリターンを勘案すると、今後の土地活用の選択肢としては完全否定まではしないものの妙味としては微妙なところであります。

 

そこで考えたあげく、以前売却した別の遊休地と同様にこの遊休地についても資産のカタチを変えて子どもたちに引き継がせようと発想を転換しました。

 

大事な資産であるからこそ、子ども達に一番プラスとなるカタチに仕立て直した方がよいでしょう。

 

子ども達が、WATANKOがいなくなった後の人生においてまとまったお金が必要になった時、家計における重大なピンチの発生に際しては、地方都市の町はずれにある土地よりも証券資産の方がきっと役立つ備えとなるに違いありません。

 

こうしてWATANKOにとっておよそ半世紀にわたって馴染みのある遊休地。保有する土地の中で用途が定まっていない残されたこの土地をついにとうとう売却する意思を固めたというわけです。

 

(続く)

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コメント

Re: 大変でしたね

2020/08/14(金) 22:06:34 | URL | WATANKO #/uTO8teo
非公開コメントいただきました〇〇〇〇〇さん


コメントありがとうございます。

そうです、不動産オーナーは高齢者福祉の担い手でもなんでもありません。

親から継いできた(継がされてきた)不動産については将来に渡ってずっと持ち続ける価値があるかどうかよく見極め、それがNOであればその負債を子ども達に押し付けるわけにはいきません。

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