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WATANKO

Author:WATANKO
2008年からインデックスファンドによる資産運用を始めた個人投資家です。またサラリーマンの傍らで家業ともいうべき不動産賃貸業も営んでいます。趣味は自動車にまつわる諸々。ご連絡はwatanko1967@gmail.comまで。

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マイカー回顧録その6 マツダ デミオ(DX)

2012/11/27 23:06:21 | 自動車 | コメント:0件

自動車テーマとして月一ペースでWATANKO家のマイカーについての思い出を取り上げています。当時の世相やその車から学んだことなどにもふれたいと思います。

3台目のマイカー、シトロエンXMは故障が相次ぎ(費用が嵩み)、その結果予定より早期の売却となりました。かような事情でWATANKOには次期愛車にまわせる資金は乏しく、かつ当時WATANKOは資格習得のための週末に予備校通いを始め学費がかかり、さらには勤務先の業績不振が発生し、給与・ボーナスカットが始まるという三重苦の只中にいました。そんな中、選んだミニマム・トランスポーター、小さいながらも楽しい車、それがマツダの初代デミオ(DX)でした。

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■あの当時

90年代半ばから後期。アジア通貨危機、金融不安、貸し渋りとロクでもないことが続いた時期です。大学の親しい先輩や同期が就職した長銀も日債銀も逝ってしまいました。日本車メーカーもマツダが経営不振で外資の軍門に下る第一号となりました。(以降日産、三菱と続く。)

この頃にFMCされた日本車はバブル崩壊後の景気後退期に設計されており、シャシーもエンジンもキャリーオーバーの上、とにかくコストダウン一辺倒のつくりでした。またパジェロに代表される4WDの隆盛と、オデッセイを象徴とするミニバンの勃興がおきた時期でもあります。一方、輸入車はというと欧州車はEC発足の影響で各国のメーカーが出す新車は総モンデオ化(均質で個性に乏しい車化)しつつある時期であり、アメ車はフォードくらいが気を吐いていたように記憶しています。

■プロファイル

マツダ・デミオ(DX)は業績不振で新車の開発費予算も厳しい中、既存のシャシーと1.3L及び1.5LのエンジンであつらえられたBセグメントの5ドアハッチバックです。

ミニバンブーム到来を予見する中、ユーティリティを重視したパッケージとなり、これ一台で最低限色々とまかなうことができる万能クルマでした。デザインは奇をてらったものではなく、オーソドックスにまとめられていましたが、それが潜在顧客の間口を広げ、そこそこの台数が息長く売れ、当時のマツダの屋台骨を支えたモデルでもあります。
WATANKOが購入したのは1.5LのGLというわりと上級グレードでした。シトロエンXMに比べてかなりのスケールダウンでしたが、街中で乗っていると「これで十分」と思わせるところ多々ありでした。

参照サイトはこちらです。

■インプレッション

Bセグメントというとラテン系なら非常に個性的な車が揃っているのですが、日本車の場合、開発費も製造原価も制約が大きい中、色々と見切りをつけて開発された跡がありありの車が多いです。

典型的な例を上げれば、ステアリングコラムを左右上下にゆするとあっさりギシギシ音がでるなど取り付け剛性の低さがすぐわかり、それだけでもう安クルマの味付けが染みてきたものです。また狭い室内を少しでも広くみせようとするあまり、シートは小さくてペラペラなものばかり(勿論コストをかけられないという事情もあり)なので優れた座り心地を望むべくもありませんでした。

しかしながらデミオはなかなか頑張っていました。ステアリングフィールはBセグメントの割には重く、大型車のようにしっとりとしており、シートは厚めで大きなものをあつらえていました。開発者インタビュー記事によると2ランク上、つまりDセグ車(カペラ)のシートを使ったとのことです。

エンジンもシャシーも平々凡々でありここで語るほどの見るべきところはありませんでしたが、マツダの開発者はドライバーと車のインターフェースであるステアリングとシートには細心の注意を払いデミオを仕立てたわけです。

加えてWATANKOが選んだGLグレードには開口部の大きなムーンルーフがついており、明るいマリンブルーのボディカラーと相まって仕事一辺倒の荷車イメージを大分払拭していたように見えました。

■カーライフ

このデミオ、試験勉強におわれかつお金もない30歳手前のWATANKOが妻と生まれて幼い長男とのドライブに出かける際に頑張ってくれました。またこの頃、妻も運転免許を取得したので、このデミオで初心者ドライバー時代を過ごしました。デミオは取り廻しのしやすいサイズで、運転の癖もなく免許取り立ての妻には丁度良い車でもありました。

■あとがきにかえて

結局、我が家のデミオは大きなトラブルも事故もなく、4年と1か月。43,000kmを乗ったところで下取りに出されていきました。経済的に苦しい時代にも楽しいカーライフを送ることができて糟糠の妻ならぬ糟糠の車でした。
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